金次郎像の真実
小学校で見かける金次郎像は、多くが薪や柴を背負って本を読んでいる姿である。しかし、実際にそういったことをしていたわけではない。
実際には、農作業の休憩時や飯時に勉強をしていたと、晩年に語っている。では何故、薪や柴を背負った姿が広まっているのだろうか。
答えは、幸田露伴著の「二宮尊徳翁」(1891年)の挿絵でその姿が描かれ、1904年以降の国定教科書に修身の象徴として、二宮金次郎が取り上げられたことにより、永遠のイメージとなった。
像のバリエーション
もっとも一般的なのは薪を背負って本を読んでいる姿だろうか。しかし、像によって背負っている物が薪ではなく柴だったり、本が違ったり、踏み出す足が違ったりする。
背負って読書をする姿以外にも、草鞋を配る姿や、座って勉強をする姿。また大人の姿で村人を指導する姿の像もある。
金次郎が読んだ本
多くの金次郎像が読んでいる本。いったいどのような本を読んでいたのか。
当然、勉強のための本であるが、何を勉強していたのかと言うと、今で言う人間学である。その教科書として小学、大学、中庸、論語を使っていたと言われる。金次郎像の本もその4つの書のどれかになっている。
幼少の金次郎少年がそんなに小難しい中国の古典を驚かれるかもしれないが、この頃は素読が基本で意味などの理解は後回しでひたすら暗唱をしていた。
当時の農民層での教育水準としては、読み書きができて、その上に算盤も出来れば十分とされていたのにかかわらず、それ以上の勉強が出来たのは父親が読書好きでそれなりの名家であったからだろう。